大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)2549号 判決 1985年10月25日
控訴人
坂元拓司
右訴訟代理人
細川喜子雄
被控訴人
辰已亨
右訴訟代理人
奥野信悟
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決及び奈良地方裁判所宇陀支部が同裁判所昭和五八年(手ワ)第一五号約束手形金請求事件につき昭和五九年四月一三日に言い渡した手形判決(以下「本件手形判決」という。)を次のとおり変更する。
(二) 主位的請求
被控訴人は控訴人に対して金二五〇万円及びこれに対する昭和五八年八月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 予備的請求
被控訴人は控訴人に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和五八年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(五) 仮執行宣言。
2 被控訴人
主文と同旨。
二 当事者の主張及び証拠関係
次に付加する当審における当事者双方の主張のほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目表五行目の「約束手形」の次に「(以下「本件約束手形」という。)」を、同七行目の「右手形」の次に「を」を各挿入し、同三枚目裏四行目の「・4」及び同五枚目表五行目の「・3」をいずれも削除する。)であるから、これを引用する。
1 控訴人(予備的請求原因について)
被控訴人は、金額欄の末尾の「0」の数字が一字不足する以外は貼付された収入印紙額をも含めて金額二五〇万円の約束手形として完全な本件手形を森下次男に交付し、もつて同人が金額欄を容易に変造して金額二五〇万円の本件手形を完成させこれを流通に置きうる機会を与え、もつて森下の右行為に加担したものであり、その際森下の右行為を十分に予見しえ、かつこれを予見すべきであつたから、被控訴人に重大な過失があり、控訴人の被つた損害は右過失行為からして相当因果関係の範囲内にあるというべきである。
2 被控訴人
控訴人の右主張は争う。
仮に控訴人の言うように被控訴人が本件手形を森下次男に交付したことにより不法行為責任を負うとすると、振出後に変造された手形の振出人はすべて、変造後の手形文言について不法行為責任を負わねばならないという不合理な結果となるから、控訴人の予備的請求原因である不法行為の主張は失当である。
理由
第一控訴人の主位的請求について
一甲第一号証(本件手形)の存在、同号証中の成立に争いない付せん部分の記載及び原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は旧知の菅野茂樹に対し、昭和五八年八月一〇日二五〇万円を貸与し、その担保として金額二五〇万円の本件手形を交付されたこと及び控訴人は同月一六日本件手形を株式会社三重銀行に取立委任裏書により交付し、本件手形は満期の日に支払場所に呈示されたが手形金の支払はなく、現在控訴人が本件手形を所持していること以上の各事実を認めることができ、右認定に抵触する証拠はない。
二次に、被控訴人が本件手形につき振出責任を負うとの控訴人の主張(請求原因2)につき判断する。
1 甲第一号証(本件手形)の存在と同手形の振出人欄の被控訴人の記名押印部分の成立に争いのない事実、<証拠>によると、以下の各事実を認めることができ、この認定に抵触する証拠はない。
(一) 被控訴人は、金員の融通の目的に用いるため、昭和五八年三月二二日、森下次男(以下「次男」という。)から宝森産業株式会社(代表者次男)の事務所において、振出人右会社、満期同年六月二二日、金額二〇〇万円及び五〇万円の約束手形二通の交付を受け、右手形を使用して金員を得たが、右手形の満期の日までに支払場所にある右会社の当座預金口座に二五〇万円を振り込んで決済した。
(二) 被控訴人は、次男から右(一)の融通手形の振出を受ける担保として、次男に対し同金額の約束手形を振出交付すべく、あらかじめ振出人欄に被控訴人の記名押印のある約束手形用紙を前記会社事務所まで持参し、右融通手形を交付されたのと引換に同額面の約束手形を次男に交付しようとした。ところが、被控訴人が、右持参した手形用紙の金額欄に次男の妻森下真弓をしてチェックライターで二五〇万円の金額を打刻させようとしたところ、同女が「2,500,00※」と誤つて打刻してしまつた。これを見て次男は被控訴人に対し、同人を信用しているので担保の手形は必要ない、またこれを破棄しておくと言うので、被控訴人は打ち間違いの金額欄をそのままにして、右手形を右事務所に放置して帰つた。
(三) ところが次男は、右約束に反して右手形を破棄せず、金額欄末尾の「※」を抹消し、チェックライターで、その上に「0」を、その横に「※」を新たに打刻し、もつて「2,500,000※」の記載に変え、金額二五〇万円の本件手形に変造し、これを他に裏書譲渡した。
2 右認定事実によると本件手形の当初の金額欄の記載は、位取りのコンマの位置が不自然であるが、その桁数からして二五万円を表示するものであることは客観的に明らかであり、被控訴人も右の記載を認識していたものであつて、本件手形の振出人欄には既に被控訴人が同人の記名押印をしていたことからすれば、本件手形は金額二五万円の約束手形として完成されており、被控訴人はこれを次男に振出交付したと認めるのが相当である。
3 してみれば、本件手形を破棄するとの次男の約束につき控訴人が悪意で本件手形を取得したとの主張立証のない本件においては、被控訴人は金額二五万円につき本件手形の振出責任を負うというべきであるが、それ以上に次男の変造にかかる二五〇万円についてまで責任を負わなければならないいわれはない。
三以上によれば、被控訴人は控訴人に対し、本件手形の振出人として、右二五万円及びこれに対する満期の日である昭和五八年八月二〇日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があるといわなければならない。
よつて、控訴人の主位的請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。
第二控訴人の予備的請求について
一控訴人は、被控訴人が前記第一の二の1の(二)認定のとおり本件手形を次男に交付した際、次男が同(三)のとおり本件手形の金額欄を変造して流通に置くことを被控訴人において予見しえ、かつ予見すべきであつたと主張するが、被控訴人は、次男から融通手形の振出を受ける担保として本件手形を用意したものゆえ、次男が本件手形を流通に置くことは当初から予想されていなかつたし、そのうえ次男が破棄することを約束したので被控訴人は次男に本件手形を交付したことからすれば、被控訴人が控訴人の言うような次男の変造等の行為を予見することはそもそも不可能であつて、これを予見すべき義務があるとは到底認められず、そうだとすると、被控訴人が本件手形を次男に交付したことをして過失行為と言うことはできない。
のみならず、前記第一の一認定の事実によれば、控訴人は本件手形の交付を受けた菅野茂樹に対し、原因関係上の貸金債権を有しており、右菅野が無資力であるとの主張立証もない本件においては、控訴人の主張する手形金額と同額の損害が同人に発生したことを認めることはできない。
二以上のとおりであつて、控訴人の予備的請求は失当で、これを棄却すべきである。
第三結論
以上の次第で、控訴人の本訴請求につき前記第一の三の結論と同旨の本件手形判決を認可し、かつ予備的請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石井 玄 裁判官大久保敏雄 裁判官礒尾 正)